2009.07.01
“本物は,少ない。
いつも,思うのだが。
まぁ,“自分のこと”は“棚に上げて”書くが…。
世に“本物”は,少ない。
格闘技レベルの技術(=“スポーツ”としては,最高峰の技術に到達できるものではある)しか持っていないのに,“武道”を名乗る者。
勝手に身体操作や基本技術の根本を“効果が少ない”ように変えておいて,“オリジナル”を名乗って平然としている者。
自分の“浅い理解”を,さも“新発見”したように喧伝する者。
修行している体系の根本を理解できずに,中途半端な知識をひけらかす者。
また,“楽をすること”の言い訳に,“整合性のない理論”を押しつける者。
そして,流祖の“思い”を踏みにじって,“本質”が抜けた“理解”を“金科玉条”のように主張する者。
…それぞれに,思い当たる“流派”があるだろう? そして,思い当たる支部も,道場も,個人も。
ちゃんちゃらおかしいぜ。
まぁ,“自分のこと”は“棚に上げて”書くが…。
世に“本物”は,少ない。
格闘技レベルの技術(=“スポーツ”としては,最高峰の技術に到達できるものではある)しか持っていないのに,“武道”を名乗る者。
勝手に身体操作や基本技術の根本を“効果が少ない”ように変えておいて,“オリジナル”を名乗って平然としている者。
自分の“浅い理解”を,さも“新発見”したように喧伝する者。
修行している体系の根本を理解できずに,中途半端な知識をひけらかす者。
また,“楽をすること”の言い訳に,“整合性のない理論”を押しつける者。
そして,流祖の“思い”を踏みにじって,“本質”が抜けた“理解”を“金科玉条”のように主張する者。
…それぞれに,思い当たる“流派”があるだろう? そして,思い当たる支部も,道場も,個人も。
ちゃんちゃらおかしいぜ。
2009.06.23
“簡単”に儲けるな。そんな時代は過ぎ去った。
これは,当然だ。
→セブンへの排除命令、コンビニ経営に打撃 事業モデル転換迫る
むしろ,“遅きに失した”と言える。
スーパーでできることを,なぜコンビニではできないんだ。
それでは,コンビニの意味がない。
スーパーと同じサービスを24時間体制でできるからこそ,初めて“差別化”ができるのだ。
たまたまタスポ効果で売り上げが伸びているが…。
スーパーを“叩き潰して”消費の主役に躍り出ようとすれば,“当然やるべきこと”を怠ってきただけのことなのだ。
最も,いつまでも“流通のわき役”に徹して,“こそこそと利益をかすめ取る”ことだけで“汲々としている”だけでよいのならば,今の業態を押しつければいい。
規模が極端に違うのに,フランチャイズ本部と末端のフランチャイズ店での“対等の契約”は有り得ない。
そういったところも,わかるようになれ。
…馬鹿か。
日本人が昔から持っていた“win-win”の関係を構築できなくて,何が“正常な取引関係”かを,語るな。“世界標準”=“アメリカ化”のつけは,こういうところに出てくるのだ。
総体として百貨店の売り上げを抜き去った現在,否が応でも,もうそれがコンビニの社会的使命でもある。
…それが嫌なら,売り上げが下がってかつての“日蔭者”に戻れ。
契約等の“簡単な仕組み”で売り上げが上がるほどの,単純な世界ではなくなってしまったのだ。
“簡単な仕組み”で売っていいのは,よほどの“革命的な商品もしくは仕組み”を“自前で開発した”ときのみ。それも,大概は,もって2〜3年だけだ。
“特許申請中に類似品が出てアウト!”になる可能性の方が,はるかに高い現代で,いつまでも同一製品で,あるいは権利収入で“安泰”だ,というのは有り得ない。
そんなに“商売が簡単”なら,“個人の起業家がもっと増えてしかるべき”だ。
少なくとも,そういった起業家は,“既存の商品やサービスを凌駕する!”と思って起業するのだから…。
露骨に言って,そういった起業家のアイデアは,既存の企業家のそれより遥かに優秀であることの方が多い。
しかし,既存の“バカな”企業家が,“目先の自分の利益を優先する(=まざ,大概その程度の経営者しかいないが[苦笑])”と,国家的損失につながるこういった“起業家の群れ”を潰すことになる。
青色発光ダイオードなんか,その典型的な例だ。
ケースは,確かに違う。
しかし,発明者の名前を冠した研究所でもつくってやって,部下を何人か付けてやって,年収を千万単位でくれておけば,当の本人から感謝こそされても,少なくとも引き抜かれて訴訟を起こされ,億単位の賠償金を取られることなどなかったはずだ。
どちらが,企業にとってコストがかからなかったか。明白ではないか。
一事が万事,こういったところで“全て”がわかるのだ。
“一度ケチがつけば,例え取引条件が不利であっても別のところへ移る”という人間心理を,ご存知ないらしい。なぜなら,大概の人間は感情的に動くからだ。
経営者であっても,それは“普遍の真理”である。
むしろ,誰からも非難されない中小規模の経営者であれば,“率直にそのような行動をとる”だろう。
…わかってねぇな(笑)。
というわけで,まだまだコンビニ業界も“甘い”ということだ。
ボチボチしていると,24時間営業が常態化しつつある既存のスーパーに“飲み込まれる”ゾ(笑)。
→セブンへの排除命令、コンビニ経営に打撃 事業モデル転換迫る
むしろ,“遅きに失した”と言える。
スーパーでできることを,なぜコンビニではできないんだ。
それでは,コンビニの意味がない。
スーパーと同じサービスを24時間体制でできるからこそ,初めて“差別化”ができるのだ。
たまたまタスポ効果で売り上げが伸びているが…。
スーパーを“叩き潰して”消費の主役に躍り出ようとすれば,“当然やるべきこと”を怠ってきただけのことなのだ。
最も,いつまでも“流通のわき役”に徹して,“こそこそと利益をかすめ取る”ことだけで“汲々としている”だけでよいのならば,今の業態を押しつければいい。
規模が極端に違うのに,フランチャイズ本部と末端のフランチャイズ店での“対等の契約”は有り得ない。
そういったところも,わかるようになれ。
…馬鹿か。
日本人が昔から持っていた“win-win”の関係を構築できなくて,何が“正常な取引関係”かを,語るな。“世界標準”=“アメリカ化”のつけは,こういうところに出てくるのだ。
総体として百貨店の売り上げを抜き去った現在,否が応でも,もうそれがコンビニの社会的使命でもある。
…それが嫌なら,売り上げが下がってかつての“日蔭者”に戻れ。
契約等の“簡単な仕組み”で売り上げが上がるほどの,単純な世界ではなくなってしまったのだ。
“簡単な仕組み”で売っていいのは,よほどの“革命的な商品もしくは仕組み”を“自前で開発した”ときのみ。それも,大概は,もって2〜3年だけだ。
“特許申請中に類似品が出てアウト!”になる可能性の方が,はるかに高い現代で,いつまでも同一製品で,あるいは権利収入で“安泰”だ,というのは有り得ない。
そんなに“商売が簡単”なら,“個人の起業家がもっと増えてしかるべき”だ。
少なくとも,そういった起業家は,“既存の商品やサービスを凌駕する!”と思って起業するのだから…。
露骨に言って,そういった起業家のアイデアは,既存の企業家のそれより遥かに優秀であることの方が多い。
しかし,既存の“バカな”企業家が,“目先の自分の利益を優先する(=まざ,大概その程度の経営者しかいないが[苦笑])”と,国家的損失につながるこういった“起業家の群れ”を潰すことになる。
青色発光ダイオードなんか,その典型的な例だ。
ケースは,確かに違う。
しかし,発明者の名前を冠した研究所でもつくってやって,部下を何人か付けてやって,年収を千万単位でくれておけば,当の本人から感謝こそされても,少なくとも引き抜かれて訴訟を起こされ,億単位の賠償金を取られることなどなかったはずだ。
どちらが,企業にとってコストがかからなかったか。明白ではないか。
一事が万事,こういったところで“全て”がわかるのだ。
“一度ケチがつけば,例え取引条件が不利であっても別のところへ移る”という人間心理を,ご存知ないらしい。なぜなら,大概の人間は感情的に動くからだ。
経営者であっても,それは“普遍の真理”である。
むしろ,誰からも非難されない中小規模の経営者であれば,“率直にそのような行動をとる”だろう。
…わかってねぇな(笑)。
というわけで,まだまだコンビニ業界も“甘い”ということだ。
ボチボチしていると,24時間営業が常態化しつつある既存のスーパーに“飲み込まれる”ゾ(笑)。
2009.06.21
ちゃんとした“空手”じゃねぇか!
You Tubeで,極真の第一回世界大会を見た。
…感動した。本当に泣きそうになった。ちゃんとした“空手”じゃないか。古流の空手,伝統の空手を,ちゃんとできているじゃないか!
ルールに特化した“顔面無しのキック・ボクシング”ではなくて,“本物の空手”をやっていたんだ…。
“部外者の戯言”と罵倒されても,いい。
極真の系統だけは,フルコンの中でも“空手”であってほしい。まだ,その“匂い”が残っているうちに…。
“仮想敵”も,“本物”であって欲しいのだ!
“現代格闘技”に“衣替え”した武道など,必要ない。
そんな流派は,“格闘技”を名乗っておけ。
必要なのは,“武道”のみ。
“武道”こそ,すべて。
“武道は何でもあり”だ。
その中には,社会性も,含まれる。そうなのだ,その気になれば,社会的“成功”も手に入れられるのだ。
もう一度,原点に戻ってくれ。
“馬鹿”は,必要ないのだ。
…感動した。本当に泣きそうになった。ちゃんとした“空手”じゃないか。古流の空手,伝統の空手を,ちゃんとできているじゃないか!
ルールに特化した“顔面無しのキック・ボクシング”ではなくて,“本物の空手”をやっていたんだ…。
“部外者の戯言”と罵倒されても,いい。
極真の系統だけは,フルコンの中でも“空手”であってほしい。まだ,その“匂い”が残っているうちに…。
“仮想敵”も,“本物”であって欲しいのだ!
“現代格闘技”に“衣替え”した武道など,必要ない。
そんな流派は,“格闘技”を名乗っておけ。
必要なのは,“武道”のみ。
“武道”こそ,すべて。
“武道は何でもあり”だ。
その中には,社会性も,含まれる。そうなのだ,その気になれば,社会的“成功”も手に入れられるのだ。
もう一度,原点に戻ってくれ。
“馬鹿”は,必要ないのだ。
2009.06.21
“鬱”になるから,読むな(笑)。
ちょっと“腹が立つ”ことがあるから,書いておく。
精神的な病理を,まるで本人が“弱い”からそうなるのだ,と断じる輩について。
…そうだよ。確かに,そういった面“も”ある。
でもな。
昼飯選べなくて,泣いたことないだろ。
夜帰宅途中に,不意に涙が出てきたこと,あるか? しかも,何の脈絡もなしに。
心臓がドキドキして,体が溶けていくような感覚を味わったことは?
そして,“もう何にもしたくない”という無気力さで,精神が崩壊していくような感覚を味わったことは?
それと同時に,体がダルくて起き上がるのに一苦労するような経験は?
それでも,ね。
“体が倒れてくれない”んだよ(苦笑)。
“心が折れ”ても,“精神が立ち上がれと要求する”んだ。
左眼の光は失ったが…。
そして肝臓も膵臓も悲鳴を上げているが…。
まれに心臓も脳も異常反応を示すが…。
止められねぇんだよ,アルコールが。うまいんだよ,酒が。
この頃は,少々飲んだ方が“頭の中の霧が晴れる”んだよ。これだって,“錯覚だとわかっている”が,“実際に筆が進む”んだよ。
それでも,な。
客観的に,“いい気になって批判する”てめぇらの大部分より,“体も心も,そして精神も強い”ぜ。
…何なら,試してみるか?
俺の“全部”を見られるほど,てめぇらの“腕”があれば,いいけどな。
かかってこいや,バカヤロウ!
精神的な病理を,まるで本人が“弱い”からそうなるのだ,と断じる輩について。
…そうだよ。確かに,そういった面“も”ある。
でもな。
昼飯選べなくて,泣いたことないだろ。
夜帰宅途中に,不意に涙が出てきたこと,あるか? しかも,何の脈絡もなしに。
心臓がドキドキして,体が溶けていくような感覚を味わったことは?
そして,“もう何にもしたくない”という無気力さで,精神が崩壊していくような感覚を味わったことは?
それと同時に,体がダルくて起き上がるのに一苦労するような経験は?
それでも,ね。
“体が倒れてくれない”んだよ(苦笑)。
“心が折れ”ても,“精神が立ち上がれと要求する”んだ。
左眼の光は失ったが…。
そして肝臓も膵臓も悲鳴を上げているが…。
まれに心臓も脳も異常反応を示すが…。
止められねぇんだよ,アルコールが。うまいんだよ,酒が。
この頃は,少々飲んだ方が“頭の中の霧が晴れる”んだよ。これだって,“錯覚だとわかっている”が,“実際に筆が進む”んだよ。
それでも,な。
客観的に,“いい気になって批判する”てめぇらの大部分より,“体も心も,そして精神も強い”ぜ。
…何なら,試してみるか?
俺の“全部”を見られるほど,てめぇらの“腕”があれば,いいけどな。
かかってこいや,バカヤロウ!
2009.06.18
手塚治虫氏の思想について。
これを書くと,下手すりゃ非難轟々だろうが,敢えて書く。
まぁ,その第一歩だと思ってもらっていい(←続きがあるのなら,“その気”になった時に書く,という意味ね)。
手塚治虫氏のことだが。
その功績は素晴らしい,とは思う。
だが,その思想は,ハッキリ言って“嫌い”だ。
と言うより,戦後日本の悪しき精神的構造を助長しまくった,という意味では,“害毒”とさえ思う。日本人特有の“お涙頂戴式甘ったれた似非ヒューマニズム”の塊のように思えるのだ。
…まぁ,“読みが浅い”と言われれば,それまでだが。
で,簡単に書く。
本当はねちっこくキッチリ書こうと思えば書けるが,どうせ合理的思考ができずに感情的反発しかしない大部分の日本人にとっては無駄だから,そういうようには書かない。
私が,その人間が“まともに合理的に考えられる精神構造を備えているか”を判断する材料の一つに,“武器を肯定的にとらえることが可能か”という点を重視している。
本人が“武器を好きか嫌いか”という点は抜きにして,“武器の存在を肯定する思想が存在し,そのことを基盤として世界を理解することを肯定できるか”ということだ。
端的に,日本においては,個人で言えば“銃器の存在を許容できるか”という点,国家としては“核兵器の保持を許容できるか”という点である。
すなわち,日本に生きる限りタブー(に近い思考・嗜好)の議論を,合理的精神を持って可能とできるのか,ということを問う。
議題としてこれらを拒否する人間を,私はまともな思考力を持った相手として遇しない。
話すだけ“無駄”だからだ。
大体,結論は見えてきた,と思う。
手塚治虫氏は,その著書の多くで,狩猟を肯定していない。
また,銃器も肯定していないように見える。
これでは,“ダメ”だ。
射撃も狩猟も,立派なスポーツとして世界に通用している。また,狩猟は,重要な生業として,世界で肯定されている。
手塚治虫氏の思想は,“狭隘な島国の妄言理想論”でしかないのである。
特に,“人間絶対主義”を基盤としている欧米文化とは,相容れないであろう。
現在,“欧米文化が行き詰まりを見せている”ことは,十分に承知している。
それに対して,伝統的な東洋文化が見直されつつあることも。
だからと言って,現代文明を成り立たせている欧米文化の利点を故意に無視し,伝統的な東洋文化が導いた思想的欠点に敢えて注目しない“愚”は,避けるべきだろう。
伝統的な東洋文化の一部を伝承する立場として,特にその点は戒めとしたい。
蛇足ながら,狩猟(射撃),各種のレース(オート・レースや競馬を含む),サッカーを肯定できなければ,世界での趣味としての話題で“ほぼ”共通性は持てない,と覚悟すべきだろう。つまり,人間的には“面白みのない人物”として,仕事にも支障をきたす確率が高い。
…現代文明の主役である欧米人とて,(平均して日本人よりは合理的思考には長けているが)人間という動物としては感情的に反応するからね(笑)。
まぁ,その第一歩だと思ってもらっていい(←続きがあるのなら,“その気”になった時に書く,という意味ね)。
手塚治虫氏のことだが。
その功績は素晴らしい,とは思う。
だが,その思想は,ハッキリ言って“嫌い”だ。
と言うより,戦後日本の悪しき精神的構造を助長しまくった,という意味では,“害毒”とさえ思う。日本人特有の“お涙頂戴式甘ったれた似非ヒューマニズム”の塊のように思えるのだ。
…まぁ,“読みが浅い”と言われれば,それまでだが。
で,簡単に書く。
本当はねちっこくキッチリ書こうと思えば書けるが,どうせ合理的思考ができずに感情的反発しかしない大部分の日本人にとっては無駄だから,そういうようには書かない。
私が,その人間が“まともに合理的に考えられる精神構造を備えているか”を判断する材料の一つに,“武器を肯定的にとらえることが可能か”という点を重視している。
本人が“武器を好きか嫌いか”という点は抜きにして,“武器の存在を肯定する思想が存在し,そのことを基盤として世界を理解することを肯定できるか”ということだ。
端的に,日本においては,個人で言えば“銃器の存在を許容できるか”という点,国家としては“核兵器の保持を許容できるか”という点である。
すなわち,日本に生きる限りタブー(に近い思考・嗜好)の議論を,合理的精神を持って可能とできるのか,ということを問う。
議題としてこれらを拒否する人間を,私はまともな思考力を持った相手として遇しない。
話すだけ“無駄”だからだ。
大体,結論は見えてきた,と思う。
手塚治虫氏は,その著書の多くで,狩猟を肯定していない。
また,銃器も肯定していないように見える。
これでは,“ダメ”だ。
射撃も狩猟も,立派なスポーツとして世界に通用している。また,狩猟は,重要な生業として,世界で肯定されている。
手塚治虫氏の思想は,“狭隘な島国の妄言理想論”でしかないのである。
特に,“人間絶対主義”を基盤としている欧米文化とは,相容れないであろう。
現在,“欧米文化が行き詰まりを見せている”ことは,十分に承知している。
それに対して,伝統的な東洋文化が見直されつつあることも。
だからと言って,現代文明を成り立たせている欧米文化の利点を故意に無視し,伝統的な東洋文化が導いた思想的欠点に敢えて注目しない“愚”は,避けるべきだろう。
伝統的な東洋文化の一部を伝承する立場として,特にその点は戒めとしたい。
蛇足ながら,狩猟(射撃),各種のレース(オート・レースや競馬を含む),サッカーを肯定できなければ,世界での趣味としての話題で“ほぼ”共通性は持てない,と覚悟すべきだろう。つまり,人間的には“面白みのない人物”として,仕事にも支障をきたす確率が高い。
…現代文明の主役である欧米人とて,(平均して日本人よりは合理的思考には長けているが)人間という動物としては感情的に反応するからね(笑)。



